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0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

『無宿(やどなし)』




斎藤耕一『無宿(やどなし)』再見、

昭和十二年の夏、刑務所から着流し姿の高倉健と、白い麻の背広に力ンカン帽を被った勝新太郎が出所した。

勝新は情婦がやっているドサ廻りの芝居小屋に戻り、高倉は兄貴分の姐さんを訪ねて女郎屋へ行くが、既に姐さんは自殺していた。

そこに居た女郎の梶芽衣子は、高倉に、自分も同じ末路を辿るのは嫌だからと、足抜けを頼む。

たまたま遊びに来ていた勝新のフォローもあって、高倉は梶を足抜きさせるが、逃げる途中、人混みで梶は高倉を見失い、梶はまた再会した勝新と旅する。

その時勝新は、梶から、高倉が元潜水夫だった話を聞き、高倉を自分の計画に巻き込もうと決める。

勝新は、兄貴分の仇の安藤昇を狙っている高倉を捜すが。




ロベール・アンリコの『冒険者たち』の日本版というコンセプトで作られた、健さん、勝新、梶芽衣子の三大任侠スターを主役にした映画。

この3人を主役に揃えて『冒険者たち』をやるという企画は一見豪華で悪くない気もするが、しかしもう一つパッとしない出来で、昔観た時もちょっとガッカリした覚えがある。

ただ、ガッカリしたと言っても極端に出来が悪いわけではない。

別に健さんはクールに決まっているし、勝新もコミカルに好演、梶芽衣子などは日活の太田雅子時代以来、久々に弱々しいというか弱さを抱えた健気な女の役を演じており、これが中々良かったりもするのだ。

まあ要するに、健さんや勝新や梶芽衣子は、それぞれの主演作で、最後の殴り込みやら居合斬りが派手に決まることでカタルシスが得られる映画を成立させてきたわけだから、それが一切なく、いかにも『冒険者たち』的な悲しい青春映画風末路をあっさり迎えて終わってしまうというのが、3人に全く似合わないというか、物足りなさを感じさせるということである。

つまりこの3人で『冒険者たち』をやるというコンセプト自体にハナから少し無理があったような気がするのだ。

やはり『冒険者たち』の日本版という点では、西村潔監督の佳作『黄金のパートナー』の方がスッキリ決まった出来だと思う。

勝新が山陰沖に沈んでいるバルチック艦隊の軍用金引き上げに執着し、兄貴分の仇討ちに忙しくて協力してくれない健さんを諦めて、梶と共に金を引き上げようとする描写が妙に泥臭いところは、時代的なリアリティを考慮しすぎてか妙にモタつくが、全体的にはダレることもなく、スタスタお話が展開していくので、そうつまらなくもない。

だがせっかく健さんお得意の殴り込みやら仇討ちシーンが途中あるのに、もう一つそういう場面に迫力がないのがよくない。

敵役に安藤昇まで配しているのに、その辺りはイマイチである。

ラストの健さん、勝新の殺され方も、あまりにもあっさりしすぎていて、単なるチンピラが虫けらのように撃たれて終わりでは、映画のエンディングとして弱すぎる。

その辺りも変にリアリティを追求してそうなったのかもしれないが、そんなリアリティを追求したいならキャスティングにもいかにもひ弱なチンピラが似合う役者を使うべきであり、何も健さん、勝新を主役に据えてやるようなことではないだろう。

旅情に満ちた映像は確かに悪くないし、これは主役の3人によく似合っているのだが、随所にチグハグなところが見受けられるが故に中途半端な映画になってしまった感がある。

そんな惜しい一篇。 2019/07/30(火) 00:06:16 東宝 トラックバック:0 コメント(-)
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